LOCAL VENTURE LABLVL OBOG 19.01.27

君は何がしたいんだ?問われ続けた結論は、地方ではなく東京でした。

  • 第1期生

mogmogはうす オーナー / 食の編集者

丸山寛子さん

これから挑戦する人に伝えたいのは、本気でぶつかってほしいということ。私もキッカケはふわっとした気持ちでしたが、自分が変わりたかった、変わろう、という前のめりの思いは本気でした。その思いがあれば、メンターの方をはじめ、みんな応えてくれるし、地域の受け皿もある。自分の未来を自分で決める。そういう覚悟を持った人なら、きっと満足のいく結果を得られると思います。頑張ってください。

地方の生産者と繋がりたい、
軽い気持ちがきっかけでした。

LVLに応募した当時のお仕事を教えてください

元々作ることも食べることも好きで、食というテーマにずっと携わりたいと思っていて、社員食堂を運営している会社に新卒で入社しました。現場で運営管理をしたり、アルバイトスタッフのシフトを作ったり、売上管理もすれば、ランチ営業で現場をまわしたりと、ずいぶんマルチな働き方をしていたと思います。楽しかったんですが、ちょっと働き方はブラックな部分もあって(苦笑)。

結局、長くは続けられないと思って退職してはじめたのがシェアハウス「mogmogはうす」でした。満員電車もイヤだったし、転職してサラリーマンをしたくなくて、ほとんど勢いでローン組んで一軒家を買ったんですよ。なぜか縁もゆかりもない北綾瀬に。しかも一度も物件を見ることなく(笑)。

私は、思い立ったらすぐに行動しちゃうタイプかというとそうではなく、ずっと自信がなくて一歩踏み出せないタイプでした。でも、あのときは……今これをやらないともうやらないなという思ったんです。2015年、30歳になる年でした。いい節目だし、自分に負担や負い目がないと踏み込めないな、と無意識に感じていたのだと思います。

 

どのようなきっかけでLVLと出会いましたか

ETICさんが運営されていた、2016年のTOKYO STARTUP GATEWAYに挑戦して、セミファイナリストまで残ったことがあったんです。その辺りからフェイスブックでETICさんの活動が流れてくるようになり。あるとき、LVLが来年から開講されると告知を見て「これだ!」と思って応募しました。

 

LVLにどのようなことを期待して申し込みましたか

当時、私は東京で料理の活動をしていましたが、東京では見えないものが多すぎるなと感じていたんです。ちょうど久米島の養鶏を営んでいる方と出会って、作り手の思いや生きものを扱うプライドに感銘を受けた時期ということもありました。生産者や生産地のことを伝えられる料理人になりたい。そう思ったときに、LVLなら地方と関われる機会があると感じたんです。

ただ、正直なところ最初は移住なんてまったく考えていませんでしたし、地域食材の情報を得たり、生産者の方とコネができたらいいな……ぐらいのふわっとした気持ちで申し込みました。

本当にやりたかったことは、
最初から持っていました。

LVLで印象的だったことを教えてください

軽い気持ちで申し込んだわけですが、実際に地方の方と会ったり、現地に行くとその場所がどんどん素敵に感じていくんですよ。私の場合は西粟倉村でした。だから、だんだんと「西粟倉村のために何かしたい」と思うようになっていきました。実際に「食でこの場所に貢献します!」と宣言みたいなこともしたんです。起業プランも考えて。でも、返ってきたのは「地域に貢献したい奴は来るな」って(笑)。今となっては笑い話ですが、当時はえー! ってなりました。

ただ、メンターの方と話をしていくうちに、改めて本当に自分がしたいことってなんだろうという根本的な疑問が湧いてきたんです。私のメンターは、西粟倉村の牧さんという方だったんですが、牧さんに「お金と時間に制限がなかったら、何がしたいの?」と聞かれたとき、私意味がわからなかったんです。どれだけ考えても自分の軸がなくて。人に認められたくてやっている、ということを見透かされていたと思います。問われている間は苦しかったですね。自分の人生を否定されたような気持ちにもなったし。でも、全身全霊で向き合ってくれたから、本気で考えました。自分は何がしたいんだ、って。

どのような起業プランを考えていたのでしょうか

キッチンカーの事業です。東京は拠点で持ちつつ、西粟倉村で生活しながら現地の人と苦楽をともに事業をできたら素敵だと考えていました。キッチンカーなら、お店よりもずっと初期投資は少ないし、自分が行ったときだけ稼動できる。実現可能なアイデアだったと思います。

丸山さんは、最終的にはLVLを通じて地方で起業するのではなく、東京での活動を続ける決断をされました。どのような気持ちの変化があったのでしょうか

今振り返ると、LVLに参加していた頃は東京での活動に行き詰っていたんですよね。自分は料理関係の仕事をしているけれど、有名店で修行したわけでも栄養士でもない。mogmogはうすも入居にいたらないケースが増えて。やっぱり私の実力不足なのかな、北綾瀬という立地が悪いのかな……なんてマイナスをつけることが増えていたんです。だから西粟倉村での起業プランを考えることは、もしかしたら逃げだったのかもしれません。

LVLの卒業間近だったある日、mogmogはうすに住んでいる子たちが「この場所がすごく楽しいです。丸山さんのおかげです!」と言ってくれたんですよ。それを聞いて、私ハッとして。こんなに大事にしてくれる人がいるのに、逃げようとしていた。何も見てなかったって。

やっぱり東京があるからこその私だし、東京で10年以上培った経験もあるので、それを大切にしないといけないと思いました。移住はしないという道を決意して、牧さんにもその思いを伝え卒業しました。東京には私のことを大事にしてくれている人もいるし、裏切るわけにはいかない。それに、東京の事業を成長させたいという自分の思いにも気づいたんです。

自分が信じられるようになって、仕事がどんどん繋がっていく。

LVLに参加前と参加後で、どのような変化がありましたか

地域のことを知りながら、東京で活動する人の必要性は以前から感じていました。頭では分かっていたんです。ただ自信がなくて動けなかった。でも、LVLに参加して、いろんな現場を見て、自問自答を繰り返して、今は確信を持って「私は東京に必要だ!」 って言えます。

それと、もう自分がやりたいことに迷うこともなくなりました。LVLで多くの生産者に会ううちに、私は「食の循環の輪っか」の一部になるのが好きなのだと気づいたんです。私の料理は、私が主役ではなくて、食材がメインになればいい。私のごはんを食べて!というよりも、イチ押しの食材を食べてほしい。そういう食材のプロデュースのようなことも、これからどんどんやっていこうと考えています。

卒業後に同期やメンターの方と関係はつながっていますか

同期とは変わらず仲がいいですね。先日も一緒に西粟倉村に行きました。久しぶりにLVLで出会った方に会うと、みんな変わらず「まるちゃんの来たいときに来ればいいよ」と言いながら、以前と同じように受け入れてくれました。ありがたいですね。実はGWにはゲストハウスで住み込みのアルバイトもして、徐々に新しい人との繋がりを増やしています。西粟倉村とはこれからも長く関係していきたいです。

メンターだった牧さんとは、今もときどき連絡を取り合いますし、この間は出版パーティーで「西粟倉で大切に育てられた森のうなぎのミニ丼」をケータリング提供させていただきました。牧さんには、「移住しなくてもまるちゃんみたいに関わってくれる人がいてすごく嬉しいし、西粟倉村のPR大使みたいですごく心強い」って言ってくださいました。いつまでも私のメンターです。

今挑戦している活動を教えてください

mogmogはうすを運営しながら、食とコミュニティというキーワードをポイントにして活動を広げています。二つの団体を運営しつつ、フリーランスの料理人をしつつ、食を通した「食育」や「予防医学」にも挑戦をはじめました。そうそう、西粟倉村の「森のうなぎ」を東京で広げる企画もさせていただいています。食べた方に、おいしいね、西粟倉行きたいね、と言ってもらえると本当に励みになります。

それと、鳥取でも新しいプロジェクトを始めたく準備をしています。こちらも食と地域に関すること。これまでの活動がだんだんとつながってきたように感じています。

最近、ワクワクが伝わるのか、周りから楽しそうだねって言われるんですよ。嬉しいですね。これからどうなっていくのか、自分自身、楽しみで仕方がありません。

LVLに参加する方へメッセージ

これから挑戦する人に伝えたいのは、本気でぶつかってほしいということ。私もキッカケはふわっとした気持ちでしたが、自分が変わりたかった、変わろう、という前のめりの思いは本気でした。その思いがあれば、メンターの方をはじめ、みんな応えてくれるし、地域の受け皿もある。自分の未来を自分で決める。そういう覚悟を持った人なら、きっと満足のいく結果を得られると思います。頑張ってください。