INTERVIEWLOCAL VENTURE LABLVL OBOG 20.03.24

半年間では見えなかった答え。終了後にも続く仲間との関係性に支えられ、マイプランが生まれました。

  • 第2期生

千葉可奈子さん

1985年宮城県気仙沼市生まれ。群馬の大学に進学し、築地市場に事務職として就職。2017年気仙沼市に31歳でUターンし、気仙沼市移住・定住支援センター MINATOに地域おこし協力隊として着任。

大好きな気仙沼に想いだけを持ってUターン、
移住者のためにできることを模索していました。

LVL参加前はどのような活動をされていたのでしょうか。

気仙沼市移住・定住支援センター MINATO(以下、MINATO)で地域おこし協力隊として働いていました。気仙沼で生まれ育ったのですが、群馬の大学に進学して経営学を専攻して大学院を卒業し、そのまま東京の会社に就職して30歳になるまで6年間経理として働いていました。

Uターンを決めたのは、職場があった築地市場の豊洲移転の話がきっかけでした。当時、30歳になり未婚であった私は“結婚しないで死んでいく世界線”がリアルに浮かび上がってきて、そこで初めて「私は本当にどうやって生きていきたいんだろう?」ということに向き合い、このままでは人生後悔すると思ったんです。東日本大震災があった3月11日から毎日離れている故郷のことばかり考えていて、年々ひろがっていく東京との温度差に違和感を募らせていました。「これからの気仙沼はどうなっていくんだろう。私はこのまま東京で暮らしていくんだろうか? 私にできることなんてあるんだろうか」と毎日考えていて、こんなに気仙沼のことを考えているならば、この機会に故郷に戻ろうと決意したんです。

とはいえ、長年離れていた気仙沼での職探しは中々大変でした。人手自体は不足しているのですが、求人情報はほとんどがハローワーク。Uターンではあるのですが、ほとんどIターンに近いほどのハードルを感じていました。そんな中、情報収集のためにMINATOが開催している東京でのイベントに参加していたのですが、MINATOの協力隊の募集が始まったタイミングでお声かけていただけたんです。イベントを通してスタッフの皆さんと既に顔見知りでしたし、私のように気仙沼に移住したいけれど困っている人の力になれるかもしれないと、参画を決めました。それが2017年の4月のことです。
 

そこからどのようにLVLと出会われたのですか?

正直、自発的というよりもお声がけいただいたことがきっかけでした。LVLの参加者に気仙沼にもっと関心や関わりを持ってもらいたいという移住センター的な気持ちと、団体内でも新しい事業を考えたいね、というフェーズだったので、良い機会かなと思って参加しました。

 

LVLには何を期待されていましたか?

気仙沼に関心を持ってくれる人を増やせたらいいなということと、想いを持って戻ってきたのはいいものの具体的なアクションをまだ描けていなかったので、これから取り組んでいく事業計画を作っていきたいと思っていました。

気仙沼での地域おこし協力隊としての初年度は、とにかく色んなところに顔を出して地域を知った1年間でした。LVL参加年に当たる協力隊2年目では、そうして知ったことをもとにアウトプットする時間だと意気込んでいたんです。1年目に散々悩んだつもりでしたし、LVLでは内省に時間を費やすつもりはなく、半年の学びを終えた後には事業計画に早速取り組み始める自分を思い描いて参加しました。実際はものすごく内省する時間になったのですが、それは後ほど語ります(笑)。

理想を体現している地域と出会い、
自分のプランは表層的なものでしかなかったと
打ちのめされました。

どのような事業プランを考えていたのでしょうか。

MINATOを運営する一般社団法人まるオフィスでは次のフェーズとして新規事業を検討していました。市内の企業には人手不足問題がありましたから、移住者とのマッチングを進める採用求人文脈で収益事業を作れないかなと考えていました。
 

LVLで印象的だったエピソードを教えてください。

私が参加していた「安心豊かな暮らし創造」テーマラボでは、メンターの船木成記さんが参与をしている長野県を2日間かけて、また私含む有志数人は4日間かけて横断したのですが、そのとき目にした地域の姿が本当に衝撃的で、打ちのめされました。私が地域で起こればいいなと思っていることが、そこではすでに起きていたんですね。

規模は大きくないけれど着実に続いている地域レベルの活動を見学させていただいたのですが、そこには行政任せでなく足りないものは自分たちで解決しようと動く人々の姿がありました。言い出しっぺ一人に過度な負担がいくのではなく、できる人ができることをできるだけし合うというその在り方は、理想そのものでした。

参加前は十分内省をしたのだから次は行動を起こしたいと思っていたのですが、長野で出会った地域の姿に自分が構想していたことはとても表層的なことだと気づかされたんです。本当はもっと根本的に変えなきゃいけないものが今の気仙沼にはあると、大きな課題を自覚させられました。

フィールドワーク中の一枚

その体験を元に、どのようにプランが変わっていったのでしょうか?

実は、自覚したもののデモデイまでには「これだ!」と思える具体策が浮かばず、当日は思い出すと恥ずかしくて穴に入りたくなるほどのポンコツプランを出して終わりました……。気仙沼の人100人にインタビューをするプランだったのですが、やる意味はいくらでも後付けできますがまったく腑に落ちておらず、根本的な課題も解決されないプランだったと思っています……。現在取り組もうとしている本気のマイプランは、終了後にも続いたテーマラボの皆との関わりの中で見つけることができたものです。
 

今取り組んでいるマイプランというのは、どのようなものなのでしょうか。

気仙沼で都市部の人たちと地域づくりの学び合いをし続けられる場を作りたいと思っています。プロジェクト生成は前提としてありますがゴールではなく、期間内で答えが出なくてもチームで学び続けることができる場を作りたいんです。さらに2〜3年と期間を重ねチームを大きくしていき、プロジェクトづくりを支える繋がりを豊かにしていければと思っています。

LVL終了後、関係人口創出のために試行錯誤を続ける中、地域の企業に副業兼業人材の案件を作ってくれないかと相談しても現場の人間が欲しいのだと断られることが多く、そうしたコンテンツだけを出しても合うか合わないかで判断され0or100の結果しか生まないなと思うようになりました。ではどうしたら人と人との“関わりしろ”を持てるのかと考えたとき、お互いを知り、そこからマッチング案件の組成が起きれば健全な繋がりになるのではーー自分はそうした人と人が出会う場を作りたい! と思ったんです。そのとき、自分が体験したLVLでの時間がまさにそれだったと気がつきました。

私が参加した「安心豊かな暮らし創造」テーマラボは、福祉や健康、人口減少、中山間地域の耕作放棄地と、全然ジャンルが違う課題を持った人たちが集まるラボでした。そのため個々人でPDCAを回してメンターからフィードバックをもらうだけの場ではなく、お互いの悩みやモヤモヤを聞き合う中で、全国のどこかに自分と同じように悩みながら頑張っている人がいることにすごく励まされたんです。それは気仙沼の仲間との間では得られない感覚でした。皆がある意味同じフェーズで悩んでいるからこそフィードバックし合えて、どんな悩みを吐露しても聞いてくれるという安心感の中にいる感覚は、私にとってとても幸せなものだったんです。

「安心豊かな暮らし創造」テーマラボは、半年のプログラム期間が終わっても、ラボ生同士の壁打ちやオンライン上での繋がり、オフラインでの会合もあって、いつでも戻ってこれるホームコミュニティになっています。こうした場所を気仙沼に作ることが私のやりたいことだと、1年経ってやっとたどり着きました。

一緒に学び続ける仲間がいる安心感が、
180度自分を変えました。
人生の大きなターニングポイントになりました。

4期では千葉さんは「Society 5.0時代の地域の未来をみんなでデザイン」テーマラボにてファシリテーターをされるそうですね。

そうなんです。マイプランを考え始めたタイミングでLVL事務局から「地域を舞台にしたテーマラボを作りたいと思っている」と気仙沼にお声かけいただき、このような形になりました。精一杯頑張りたいと思っています!

 

「Society 5.0時代の地域の未来をみんなでデザイン」テーマラボはどんなラボになりそうですか?

今回のラボはテーマで絞るのではなく、テックをスキルとして持ちながら様々な課題感を持っている方々に集まっていただき、気仙沼を舞台に地域で同様の課題に取り組んでいる人たちと一緒にどう未来をデザインしていけるのか考えていけたらと思っています。
 

今回メンターとしてご一緒されるお二人は、「安心豊かな暮らし創造」のメンターだった船木成記さんと2期で同期だった種子野亮さんなのですね。

そうなんです! 種子野さんは同期で、3期では「ローカルテック」テーマラボのメンターをされていたのですが、そこでの最初のFW先にも気仙沼を選んでくれたり、同期の中で中年男性の健康に対するアプローチをしている方にも積極的に協力していたりと、ラボ生の中で一番他の人の事業に積極的に関わってくれる人で、とにかくなんて親切な方なんだと思っています。集まるときには頻繁に顔を出してくれますし、アクションも早いですし、フィールドバックも的確でメンター向きの方だと改めて思いますね。でも種子野さんは偉ぶらない方なので、そこも素晴らしいんです。今でもオンラインでもオフラインでも繋がっていて、安心できる信頼関係をもとにした本当に学び合いの仲間だなと感じています。

右から種子野さん、船木さん、千葉さん、同期生の深澤さん

また、メンターである船木さんについてですが、船木さんが関わる場所はみな「船木ゼミ」になるんですよ。今回のテーマラボも間違いなく「船木ゼミ」になります(笑)。なぜなら船木さんあっての安心できる信頼関係をもとにした学び合いの場だからなんですよね。

船木さんは関わり方が本当に丁寧で、LVLのメンターの方々の中で一番ラボに顔を出して、一番丁寧に私たちの関係性を作ってくださっている方だと感じています。例えるならゼミの教授に近しい感覚かもしれません。船木さんの場づくりには毎回学ばせていただいていて、仕切り方、相手にかける言葉一つひとつがそこにいる人を安心させるなと思っています。その場をまとめ上げる力が素晴らしく、安心の場を作るための一つひとつの所作や言動があるのだなと感じさせられます。その船木さんがいる場が気仙沼にもあって欲しいし、その場があることが学びの場が広がるということそのもののように思うんです。私は1年を経てようやくこのことに気がつきましたが、実は同期生で佐賀県武雄市の市役所に勤めている方が半年間で同じような気づきを得てそのまま役所内で学びの場をつくり予算をとっていたんですよ。今改めて振り返り、本当にすごいなあと思っています。

また、事務局の日出間さんには私たちの動きがある度に迅速に細やかな対応をしていただいて、全体の流れを見る船木さん、個人のプロジェクトに寄り添うファシリテーターの蓜島さん、事務局日出間さんのコミュニティマネジメントがあったからこその「安心豊かな暮らし創造」テーマラボだったと思っています。

安心豊かな暮らし創造テーマラボ2期生

最後に、LVL参加前と参加後の変化について教えてください。

物の見方、価値観、課題感など180度くらい自分が変わったと思っていて、人生の大きなターニングポイントになりました。参加前はアウトプットすることに重きを置いていましたが、実はアウトプットは日々仕事で行っているんですよね。「安心豊かな暮らし創造」テーマラボでは、そうしたアウトプットに対して生じる違和感の察知の仕方、違和感を持ったときどう対応するのか、どんな気持ちで行動するのかといった部分が変わっていったと感じています。

また、もしこの関係性が半年で終わって一人に戻っていたら、正直LVLでの体験はそこまで記憶に残らないものだったと思っています。私は何よりもコミュニティが続いていることに驚いていて、それによって日々の暮らしには安心感が生まれましたし、より学んでみようという知的好奇心も増えましたし、全国に仲間だと感じられている繋がりがある中で、日本中で起こる物事への感じ方が一変しました。

このコミュニティが「学び」を軸にしたものであり、今後も存在し続けられる可能性があるということにとても感銘を受けています。そして、そうしたことを共に感じられる仲間がいることが、今でもとても嬉しいなと思っているんです。

LVLに参加する方へメッセージ

モヤモヤしていればしている方ほど、ぜひ私たちのテーマラボに来てください。きっと楽しいと思います! もっとモヤモヤするので(笑)。みんなのモヤモヤが重なったときにこそ、何か生まれるという気がしています。